January 12, 2011

ゆるゆると始動

遅ればせながら、新年おめでとうございます。

気付けば1月も3分の1が過ぎていました。
お正月は実家に帰省していて、箱根駅伝を観戦してきました。
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「駅伝見るならテレビが一番!」と思っていましたが、やっぱり生はいいですね。
沿道の観客が一丸となり、旗を振りながら「頑張れ~!!」と声援を送る、そのライブ感に、正月早々、清々しくもテンションが上がり、いい「気」をもらった気がしました。

その後は、茅ヶ崎海岸(現:湘南サザンビーチ)にも立ち寄って。
頭の中を流れるBGMは、サザンの「海」。
茅ヶ崎の海は、やっぱり落ち着きます。
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(中央に見えるのがえぼし岩です。)

子供の幼稚園も始まり、ようやく自分の時間も出来るように。
社交ダンスの踊り初めもしてきました。

今年は、あれもしたい、これもしたい、と年初から願望が渦巻いていたのですが、おみくじで、「手を広げすぎるのは良くない、何事も控えめがよし」とあったので、欲張らず、ゆるゆるとスタートすることにしました。

年初に当たり、いくつか目標も立てました。
年末の同窓会や年賀状などで、途切れがちのこのブログを
未だ楽しみに見てくれている友人がいることも知ったので、
今年はもう少しまじめに更新できたらとも思っています。

本年もよろしくお願いいたします。

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December 09, 2010

きっかけはクリスマスリース

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先週の話になりますが、友人に誘われ、初めての「リース作り」にチャレンジしてきました。

友人「ねぇねぇ、クリスマスリース作りとか、興味ある?」
私「う~ん…ないねぇ(即答)」(笑)。
確かに、これまでだったら、ほぼ食指の動かないであろう分野だったから。
でも、2011年に向けて、何か新しいことにチャレンジしてみたいとは思っていて、リース作りをすることで、「創造性」とか「女性らしさ」とか、今の自分に足りない部分を補えるようになれば、と思って。

主催は市内のお花屋さんで、講習代は、花材などの実費のみという超良心的スタイル。しかも、キットなどで決められたものを作るのではなく、売り場の中から、土台となるツルから自分で選ぶので、完全なオリジナル作品が作れるのです。
嬉しい半面、ちょっとプレッシャーで、お家に飾れるような代物は完成しないのでは、あまりの不出来に居たたまれなくなり、途中で放棄したくなるのでは、などなど不安もあったのですが…これが予想外に楽しかった!!予定時間の2時間を大幅にオーバーしながらも、何となく満足のいく作品が出来上がりました。今は、玄関の壁に飾って、時々眺めてはニヤニヤしています。

これを機に、もっともっと花を楽しみたい、という意欲もわいてきました。早速、部屋に薔薇の花を飾ったり、玄関先に花を植えたり。次期講習会(今度は「寄せ植え」)への参加も検討しています。来年は、「目指せ!花のある暮らし」です。

クリスマスリースをきっかけに、2011年は「NEW南美」になれるでしょうか。

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November 27, 2010

伊集院くん

先週の話になりますが。
平日の昼間、突然の母からの電話。
「あなた、今、家にいる?」
「うん。あと少しで出かけるけど」
「じゃあ、ちょっとだけテレビつけてみて。『徹子の部屋』に伊集院くんが出てる!!」
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よくよく聞いてみると、当日の『徹子の部屋』のゲストが『沖仁さん』という国際的に有名なフラメンコギタリストで、番組途中に、沖さんが弾くフラメンコギターに合わせて踊るフラメンコダンサーが登場。それが、大学時代の私の後輩・伊集院くんだと言うのです。

慌ててテレビをつけると…ちょうど伊集院くんのアップsign03
肩にかかる髪を振り乱しながら激しく、かつ繊細なサパテアード(靴音でリズムを打ち出す技のこと)を踏む姿は、当時の面影こそ残しながらも、すっかりプロのバイラオール(男性のフラメンコの踊り手)そのもの。時間にすると、恐らく1、2分という短い間だったと思いますが、その姿に思わず見入り、そして大感激してしまいました。

伊集院くんとの出会いは、大学のサークル活動です。当時、発足したての弱小フラメンコサークルに所属していた私。部員は5人に満たず、別大学から助っ人を借りながら、何とか春の新歓イベントでのステージ発表にこぎつけたのですが、そのステージを見て入部を希望してくれた稀有な男子(?)が彼でした。
高校時代は、少林寺拳法か何か、ダンスとは全く畑の違うスポーツをしていたと聞きましたが、入部当時から、フラメンコに対するのめり込み方は凄かった。他の部員が練習を休んでいる時も、体育館の鏡張りの部屋で、一人でサパテアードを練習していたし、そのうち、全国的にも有名な先生に師事し…ほぼフラメンコ漬けの毎日だったのではないかしら。
当時はまだフラメンコブーム前夜のような時代で、中でも男性の踊り手は本当に少なく、どこに行っても「慶応の黒一点」として注目を浴びていた彼。ましてや「伊集院史朗」というスターばりの名前と、少し日本人離れした飄々とした風貌も手伝って、一度覚えたら、なかなか忘れられない存在感があったのだと思います。私のステージ発表があると、いつでも差し入れを持って駆け付けていた母(当時、ステージママとして有名だった宮沢りえさんの母「りえママ」をもじって、「なみママ」と呼ばれていましたcoldsweats01)も、強烈な印象を持って、彼を記憶していたのでしょう。

卒業後は、あまり会う機会もなかったのですが、風の噂で、フラメンコだけではなかなか生計が立たないので、フラメンコと派遣社員と、二足のわらじで頑張っていると聞きました。その後、かつて私が師事していた先生のステージを、都内の某スペイン料理店に見に行った時、バイラオールとして参加している彼に久しぶりに再会。ぶれずに頑張っているんだなーと、感心と尊敬の想いでいっぱいに。それから幾星霜…!?またまた久しぶりに見た彼の姿が、今回の『徹子の部屋』だったのです。

伊集院くんの姿を見ると、いつも深い感慨を覚えます。フラメンコの何が、それほどまでに彼の心をつかんで離さなかったのかは知る由もありませんが、ビビビと何かを感じ、その一点を目指して、学生時代と変わらぬ情熱で突き進んでいる(ように見えました)その姿を見ると、考えずにはいられないのです。
私はかつて、何かにそれほどまでに情熱を注いだことがあるのか、今、心から打ち込めることがあるのか、そしてこれから先、そんなものに出会えるのか。

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